「信頼と倫理」が問われた事件──大谷翔平選手の元通訳による巨額不正送金を受けて
2024年に発覚し、社会的関心を集めた大谷翔平選手の元通訳・水原一平受刑者による巨額不正送金事件。2025年6月、水原氏はついに米国・ペンシルベニア州の連邦刑務所に収監されました。判決は禁錮4年9カ月。不正送金の総額は約1,659万ドル(日本円で約24億円)にものぼります。
この事件は、「信頼」と「職業倫理」という、組織犯罪対策や不正防止の現場において極めて本質的な問題を私たちに突きつけました。
水原氏は、長年にわたり大谷選手の専属通訳として密接な信頼関係を築いていました。通訳という職務は単に言語を橋渡しするだけでなく、時に選手のプライバシーや財務情報にまでアクセスする特権的な立場です。今回の事件では、その立場を悪用し、違法賭博による負債を補填するために大谷選手の銀行口座から不正に資金を送金。さらには、ESPNの取材に対して「大谷選手が借金を肩代わりした」と虚偽の説明を行いました。
米国の司法当局との司法取引により罪を認め、銀行詐欺、虚偽納税申告等の容疑で有罪が確定しましたが、この行為は個人の信用を著しく傷つけるのみならず、プロスポーツ界、そして公正性を重んじる社会全体に対する背信行為でもあります。
私たちCFE(公認不正検査士)が重視するのは、不正の「手口」だけではなく、その背後にある組織構造やガバナンス、そして倫理的脆弱性です。本事件では、通訳という“非管理職”ポジションに対して十分な牽制機能が働いていなかった可能性があり、これもリスク管理体制の盲点として検証すべきでしょう。
また、違法賭博への関与が発端となった点にも注目すべきです。企業・組織内でも、依存症や個人債務などの私的課題が職務上の不正リスクにつながることは少なくありません。これは、不正のトライアングル(動機・機会・正当化)の理論からも説明がつきます。
水原氏は収監後、米国籍を保有していないことから、日本への強制送還が見込まれています。刑期の長短だけでは計れない「信頼の喪失」という代償を彼は背負うことになります。
本事件を通じ、私たちは改めて「倫理教育の徹底」「リスクに敏感な組織文化の醸成」「権限への適切な牽制の仕組み」の重要性を痛感しています。不正を未然に防ぐために、すべての組織においてコンプライアンスの再点検が求められているのではないでしょうか。