試験不正事件に見る「不正のトライアングル」─TOEIC替え玉受験から学ぶ教訓
2025年5月、TOEICの試験会場で名前を偽って受験しようとした中国人大学院生が逮捕される事件が発生しました。容疑者は小型マイクを仕込んで試験会場に入り、第三者からの指示を受けて替え玉受験を行う計画だったとされ、警視庁は背後に組織的な不正の可能性があるとして捜査を進めています。
この事件は、私たちが不正リスクを考えるうえで、極めて示唆に富む事例です。
「不正のトライアングル」に照らして考える
不正検査の理論において広く知られているのが「不正のトライアングル(Fraud Triangle)」というフレームワークです。不正は以下の3要素がそろったときに発生しやすいとされています:
動機(Incentive)
容疑者は「アルバイトを探していた」と供述しており、報酬への誘惑が行動の引き金になったと考えられます。経済的動機は、不正を誘発する代表的な要因です。
機会(Opportunity)
試験会場の監督体制や本人確認の手続きを潜り抜けることができると認識したことで、不正を実行に移す「機会」が生じました。マスクの着用やデバイスの使用など、コロナ禍以降の新たな盲点も浮かび上がります。
正当化(Rationalization)
「頼まれただけ」「自分は受験者の代理を務めただけ」といった供述は、不正行為を自らの中で正当化しようとする典型的な心理パターンです。
不正の影響は「個人の問題」にとどまらない
今回のような事例は、一見すれば個人の不正行為のように思えるかもしれません。しかし、そこには「不正を依頼する側」「複数の協力者」「不十分な試験監視体制」など、組織的不正や統制不備の兆候が見え隠れします。
とくに注目すべきは、「受験予定者の3割が突然欠席した」という事実です。これは、替え玉受験などの不正行為が失敗に終わることを事前に察知した関係者が逃れた可能性を示唆しています。こうした兆候は、企業不正や横領、談合といった経済犯罪においてもよく見られる特徴です。
不正の予兆を見逃さないために
今回の事件では、主催団体が「毎回異なる名前で受験している」という不自然なパターンに気づいたことが、事前の通報と逮捕につながりました。これは、不正の予兆をデータや記録から発見し、適切に通報・対応する体制の重要性を強く物語っています。
企業においても同様に、**「定期的に同じ業者に偏った発注がある」「特定部門で予算の急増が繰り返される」**など、小さな兆候にいち早く気づく仕組みを整備することが、不正の未然防止につながります。
おわりに:倫理と統制の強化は社会的責任
替え玉受験や情報漏洩といった不正は、個人だけでなく社会の信頼基盤を揺るがします。不正を許さない風土の醸成と、教育・試験機関における本人確認や監視体制の強化は喫緊の課題です。
一般社団法人日本公認不正検査士協会(ACFE JAPAN)は、こうした事件から得られる教訓をもとに、組織における不正リスクの理解と管理体制の向上に貢献してまいります。