一般社団法人 日本公認不正検査士協会

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CFEコラム

不正は「人」と「仕組み」の狭間で生まれる

株式会社インテリックスの元従業員による宅地建物取引士証偽造事件は、一見すると特異な事例に見えるかもしれません。しかし、この一件は、不正が単なる個人の悪意からではなく、組織の構造と個人のプレッシャーが複雑に絡み合った「システムの問題」として捉えるべきであることを示唆しています。

なぜ、彼は偽造に手を染めたのか?

「不正のトライアングル」の視点から見れば、「資格がないまま業務を遂行する機会」と「自己の行為を正当化する心理」が不正実行を可能にしたことは明らかです。しかし、それ以上に重要なのは、彼をそこまで追い込んだ「動機」です。

もしかすると、彼は資格取得のプレッシャーに耐えかねたのかもしれません。あるいは、業務目標を達成するためには、資格が不可欠であると強く感じ、他に道はないと追い詰められてしまったのかもしれません。組織の文化が、倫理的な行動よりも短絡的な成果を優先するようなものであったなら、彼は自らの行為を「会社の期待に応えるため」と正当化しやすくなった可能性も否定できません。不正は、必ずしも悪意ある者だけが起こすものではなく、追い詰められた普通の人間が、環境の歪みの中で選択してしまうこともあります。

組織が向き合うべき「性善説」の限界

この事件が明らかにした最大の教訓は、企業が従業員を信頼する「性善説」に依存しすぎることの危険性です。宅地建物取引士証の「写し」だけで確認を済ませていたという事実は、日本の多くの企業に共通する慣行かもしれません。しかし、デジタル技術が容易に書類を改ざんできる現代において、このやり方はあまりにも脆弱です。

企業は、書類の真正性を確認するためのより厳格なプロセスを構築する必要があります。入社時だけでなく、異動時や定期的なタイミングで、現物や合格証明書を確認する体制は最低限の対策です。また、今後は資格のデータベースと連携したAPI認証やブロックチェーン技術など、改ざんが極めて困難なデジタル証明書の導入も真剣に検討すべきでしょう。

従業員を支える「不正の防波堤」を築く

インテリックス社は、再発防止策として全従業員を対象とした現物確認や定期点検を導入しました。これは重要な一歩です。しかし、最も強力な不正対策は、従業員が「不正は許されない」と心から信じ、行動できるような組織文化を醸成することです。

経営陣は、コンプライアンスを単なる規則ではなく、組織の核となる価値観として明確に打ち出す必要があります。また、従業員がプレッシャーを感じた時に相談できる窓口や、不正の兆候を匿名で報告できる内部通報制度を機能させることも不可欠です。

この事件は、特定の企業の不祥事として片付けるのではなく、すべての企業にとっての「警告」と捉えるべきです。公認不正検査士は、不正の兆候を見抜き、それを防ぐための仕組みを組織と共に築き、倫理的な企業文化を根付かせることで、社会全体の信頼を守る役割を担っています。

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